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冷えた夏みかん

日々妄想、問答。

別に勝つ必要はないかと

思います。

 

こんばんは夏みかんです。

 

私の日常は常に様々なことが起こっていて、それらをいちいち書くのがめんどくさいので端折って心に残ったことだけ書いているのだけど、文章を書く上でも人と共生していく上でも、別に勝つ必要は無いのだと思う。

 

誰かを押さえつければその分誰かが痛くて、どこかで血が噴き出して、悪口連鎖が止まらなくなってどうしようもない帰結を迎えることは確かなことだし、それをして弟は潰されたわけだし、どうしようもなく悪い奴は悪い方にしか行かないのだということははっきりしている。

 

私は最近味方してくださる方が、話を合わせる上でみんなが嫌いな人を同じように嫌う人って確かにいる、と言って下さり、それが私だと仰られた。

 

日本人は右向け右、と言われれば確かに向く民族なので、その中でイレギュラーとして扱われてしまえば、一度では済まずずっと言われ続けてしまうのも仕方がない事なのだと思う。そこは既に諦めている。私は誓って何もしていないけれども。

 

大阪に住んでいた時のことは、楽しくもあったし悲しくもあった。どうしても私を陥れたい多方の方がいて、子供達にも謂われないことで傷つけられて悲しかったし、何より愛犬を同じように傷つけられる立場にやられたのが悔しかったし、弟がどうしようもなく壊れてしまったのだと再確認する日々だった。

 

あんなに人間の無情を感じた日々は無かった。

どうしてこうも世の中は悪人で溢れているのかと不思議だった。何もしていないのに。

犬がひたすら可哀想だった。もっと広い世界を見られるはずだったのに。

 

それでもそれと相反して母は友達を得て楽しそうだったし、私の自己犠牲は案外功を催したのかもしれないと言われればそうかもしれない。

 

私が勝てるとしたら、やられたことをいちいち書くことだが、そんな記事誰が読みたい?

こう腐った女のようにネチネチぐちぐちと書いてしまっては途端損なわれるだろう。

 

それよりは、どうか明るい選択をこれからも続けたい。

 

明日に手を伸ばして。

 

クワズイモに水をやろう。現在AM2:09だ。

では。