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冷えた夏みかん

日々妄想、問答。

ちくわ天使は地獄にいたぜ

カシャ。

スマホをいじっていたら、聖マオミの顔写真がアップされ、画面に「犯罪者登録、消してほしかったら1万円払いな♪」とでも言っているかのようなメッセージとレッドサインが出て、聖マオミはしばし考えた後、キーを叩いた。

俺、松前柾、苗字も名前も、まさきまさきだ。
これは親戚の偉い人が、柾の木に俺が生まれた日、こちらでは珍しい鶯がとまり、ホーホケキョ、と清く泣くのを聞いて、「おお、これは神事だ」と感嘆したことが始まりで、以降周りの止めるのも聞かず、運悪く一番権力を持っていたその好々爺は、俺の名前を、松前柾にしてしまった。
字的には、良いのよー、松と柾が二本も植わってる、と幼稚園の先生に慰められながら、俺はぐれた。ぐれにぐれた。

よくからかわれた。
理由はただそれだけ。

松前松介、まさきしょうすけという俺の兄貴なんかは、名前負けしない学力と知的クールな七三分けで、今日も市役所の仕事に勤しみながら、コンビニのピンクチラシを剥がしては自分好みの怜悧な顔の子の写真をアルバムに集めるのに夢中で、「兄貴」とその背中に話しかけてみれば、意外と「なんだ柾」と冷静なのにほっとする。

こんな調子で、俺たちは親戚のお偉いさんに名付けられて二代目だ。
ちなみに、猫のにゃーこは母が付けた。お偉いさんは白猫のオッドアイのにゃーこを見て、「外来の生物だ、神の見印に違いない、さすれば見た目からして月、ツクヨミ・・・」と呟いていたが、「にゃーこ、にゃーこ!」と母がなれた調子で呼ぶと、なあんとにゃーこはお偉いさんの手をすり抜けて母に擦り寄り、「おお、天照大神・・・!」とお偉いさんはえらく勘違いして母を拝みだした。

以来母はすっかり大物扱いだ。

ただ単に、生き物が好きなだけなんだが。

さて、そんな俺がどんな仕事をしているかって?
俺はぐれている。現在進行形でぐれているのだ。だから大学だって三流の近所の小さな学費の掛からない、通うという形を取って遊ぶ期間を稼いだだけのものだし、今だって、留年して2年目だ。
アルバイトに、小さな頃から仲良くしていたヤクザの竹さんのところで、小遣い稼ぎに詐欺サイトの運営をしている。

しかし竹さん良い人で、「遊べる内は今だけだ、何、社会勉強だと思って片手暇にやんな」と、男は強くてなんぼだぜ、という事を男はつらいよを見ながら花札座布団に叩きつけては、俺が本格的にこの道に入ることだけは阻止してくれる。

俺は竹さんかっこいいと思いながら笑ってサイトを覗いていた。
俺が一つわかったこと。ヤクザとは一概に怖い人を言うんでなく、商売上手を言うのだ。
怖がらせることもそりゃあるが、相手が悪さしてないかぎりは揺すりたかりはしない主義の竹さんは、今日も相棒のどっかの社長さんと子供を見る目で俺を見て笑っている。
静かだが濁りのない目が、何が正しいか知っている。

しかしこんなこともしちゃうんだな。

俺は詐欺サイトのリストを見ながら、今日のターゲット達がどんな動揺をしているか、返信を読もうと屈んでパソコンを覗き込んだ。

するとだ。
俺の目に入った文章。

「あんた誰?ま、どうでもいいけど。どうにでもしちゃってー。あんたらに払うくらいなら殺されて慰謝料で家族に食わすわ。うち貧乏なんだよね。他当たってw」

俺は吹き出した。
何故なら、その写真がちくわを咥えた女子高生らしき色白のやや目つきの悪い猫みたいな奴だったからだ。
ひょっとこのひょ、みたいな口して目を丸くして映ってる。

しかるに俺の以下の行動は、俺の中の漢、というか、この絶望してるが面白そうな奴は一体どこの誰なのか、暇つぶしに知りたく思ったからだ。
というのも、案外近所の奴だった。

エスカレーター式の中学から高校へ上がったらしきそいつは、兄貴に頼むと、兄貴の好みだったらしく「写真を焼け、然る後、俺から挨拶に行こう」と言うので、「いや兄貴、そりゃ犯罪だ」と止め、兄貴の無駄な知性の光る変態的情熱に舌を巻きながら、俺は「あんたがそれをしたら、家は終わりだぜ」と腹に一発決めた。
うぐぐ、と倒れる兄貴が「くそう、俺も、俺も会いたい・・・」と呻きながら俺の袖を掴むのを払いながら、「せめて住所くらい調べてくれよ、俺が先に仲良くなる」と言って、しゃがみこんで兄貴の眼鏡を拾った。

その後、聖マオミと言うキラキラネーム的残念な名前を聞いて、俺はちくわ顔を思い出して吹き出しながら、聖マオミの出没するミスタードーナツにて待ち構えた。
ツイッター検索したらすぐ出たな。
これだからネットは怖い。俺みたいなのが来ちゃうんだから。

やがて聖マオミは現れたが、俺が期待を込めて見ると、大抵の女子は目線を合わせてくるのに、聖マオミは白けた顔で素通りし、若干ムッとした俺は後を追って歩き出した。

俺が後を付けてきているのに、聖マオミは振り向かない。
ゆら〜っと歩いている。なんだか若干ふわふわしている。

お、猫。

縞模様の猫が、聖マオミの足元に来て、にゃーおと泣いた。
「にゃーこー」
聖マオミは無表情のまま、にゃーにゃー言い始めた。
俺はいい大人、いい大人、と念じながら、「へー、その猫にゃーこって言うんだ」とにっこり笑って傍にしゃがんだ。
するとクワッと聖マオミは目を剥き、「行け!!」と俺を指さし叫んだ。
顔にベシっと当たる、ちくわ。

へ?

シャーッと威嚇音がし、猫たちが無数に俺に跳びかかった。
「いででで、痛え!」
俺は引っかかれ、群がられて、その場にゴロゴロのたうち回って猫たちを追い払った。

聖マオミが電気屋のイルミネーションがピカピカ光る前で手を腰に当て、「女の子の後付けてくるんじゃないよ、この変態!」と怒鳴った。

俺は「ごめんごめん」と言いながら、「あんた、聖マオミだろ?」と聞いた。
聖マオミはスッと血の気が引いたらしく、無表情で「ああ、あのサイトの運営者か、いつか現れると思ってたよ、どうせこんな奴がやってんだろうと思ってたけど」と冷静に言った。
俺は「恐れいりました」とパンパンと服を払いながら立ち上がり、向き直って「はじめまして、絶望ツブヤイターの運営者、富崎奏です」と言った。
聖マオミはムーっと無表情に見ていたが、ブフっと吹き出し、「何、あたしを殺しに来たわけ?」と笑った。

俺は「そうだったらどうする?」と爽やかに笑って壁ドンした。

聖マオミはひゃーみたいな顔して、「できるだけ、一発でしとめてよ」と言った。
俺は「人って簡単に死なないんだよねー、大抵汚れたくないから、コンクリ固めにしてそこら辺の湖とかに連れてくんだけど、あんた軽そうだな。トランク詰めで山に放置したら3日で死にそう」と言うと、聖マオミがスン、と鼻を鳴らした。

俺は第一目標が達成できて満足した。
それから、「普通はな、警察とかに相談するんだよ、周りに大人、いないの」と身体を離しながら言うと、聖マオミは「ひ、うわー」と言って泣き出した。
俺はどうどうと背中を叩きながら、目の前の喫茶店に入って、ケーキとコーヒーを頼み、聖マオミにハンカチを差し出した。
聖マオミは、「何、説教しに来たの?」とハンカチで鼻を抑えながら言うので、俺は「そだよ」と言って「ああ、ハンカチ返さなくていいわ、汚え」と言った。

それから聖マオミから、母親が水商売をして稼いでいること、身持ちが固く高潔な母親に育てられた聖マオミは、おやつにちくわを食べながら絶望ツブヤイターに愚痴を書いていたら、急にシャッターが切られ、それはそれは怖かったが、母に捧げた命、散るも惜しくない、と勇気を出したとのことで、俺は非常に涙腺が緩んだ。
ぶーっと鼻をかむ俺を、聖マオミはハンカチを返してしまった手をナプキンで拭きながら、「で、あんたはあたしを見て笑ってたんだね」とふてくされて言うので、「いや、俺は絶望ツブヤイターで、逆に希望をもらったんだよ」と言った。

は?といぶかしむ聖マオミに、俺は本心を打ち明けた。

「なんか、この世って諸行無常?じゃん、栄枯盛衰?的な?俺の親父死んじゃって三年経つんだけど、相変わらず気配感じて振り返ったり、なんかヤクザのおじさんにそれ感じちゃったりして違うだろうよ、親父はよって腹立つっていうか?自分に。そんな時、これ見ちゃって」

俺は聖マオミのちくわ画像を見せた。

うわ、という顔を聖マオミはした。

「俺の兄貴もピンクチラシ集めては恋人も作らず何やってんのかね、と思ってたんだけど、なんか、マオミちゃんのこの写真見たら、そんでこのツイート見たら、なんか」

俺は目頭を抑えた。

「生きる希望、湧いちゃったんですよ」

聖マオミは俺の心からの涙を見て、はああ?と言った。

それから聖マオミは「私は今、絶望のどん底だよ、変態兄弟にこんな顔見られて」と少し笑って言った。
「ちなみにこれ俺の兄貴、会ってみない?市役所づとめの東大出の24歳、現役卒業でまだ童貞」
聖マオミは速攻会う!と叫んだ。

それから話はトントンと進み、は、ハハハ初めまして、と舌を噛みまくる兄貴と作り笑い満載の聖マオミは即結婚し、今じゃガキが一人いる二十歳になった。

俺はとりあえず、竹さんの友達の社長の現場で土木工の下働きをしている。
もっぱら事務専門だが、現場にも出る有志の一人だ。

「おい、まさきまさき!」

松前椿がチビの癖に、腰に手を当てて山の上から叫んだ。

「いつになったら結婚するんだよ!」

松前椿は俺のお嫁さんになってくれるらしい。

ほーら、カタツムリいたぞーと見せてやると、ギャー気持ち悪い!と泣いて松前マオミの背中に隠れた。

相変わらず兄貴はピンクチラシを集めているし、マオミ母子は店を切り盛りするのに忙しい。マオミはにゃーこと母と、毎日家の中の家具を移動し、改装している。

とりあえずは、絶望リセットとなった。

俺は絶望ツブヤイターを、スクロールしてゴミ箱に捨てた。