昔、天女だった
うちは天橋立に近い丹波の田舎なのだけど、最近祖母について神社で落ち葉を掃いていると、ふよふよと空を舞う乙女ありて、はてなと見ていると、買い物カゴを下げて商店街の方へそのまま飛翔して行く。
あの人はな、百七年生きとるんよ。
いつまでも見上げたままの私を見て祖母が言った。
とある漁師に羽衣を取られて以来、仲睦まじくやっていたが、子供が成人しても母の方が綺麗だと評判になり、やがて栄華を取り戻して見事夫に三行半を突きつけ、この度羽衣着けてこちらに越して来たのだそう。
ははぁ、そうかいな。
私は半笑いでその話を聞き、あ、三毛猫、と祖母の後ろを指差して、ん?と祖母が見る前に猫は駐車してある車の陰に消えた。
家に帰り、働いた働いたとパクパクと簡単な手巻き寿司を摘み、お好み焼きにチーズを乗せて焼いた。
その夜、犬が吠えては私の膝の上に来る。
こんなに吠えて、怖いんだよこいつは。
そう笑って祖母と話し、何に怯えているのかわからないまま、二階に上がりベランダに出た。
と、目の前をゆらゆら女性が行く。
ここは二階だ。
私はドアをバタンと閉め、天女怖え!と思った。
天女はドラッグストアでレジ打ちをしているらしい。
あああのワンレンショートの綺麗なお姉さんがそうだったかと私は合点がいった。
天女はいつも良い匂いをさせて、Vネックのふわふわセーターを着て細やかな金のネックレスをしている。
ありがとうございましたーとトイレットペーパー片手に見送られながら、わたしはあの人が現市長の曾祖母さんだとは、と恐れ入った。
女性とは、皆芯が強いらしい。
最近元気が無くなった実業家の話をしては、そうよー女ばっか生き残んのよ、と母が言った。
ちなみに母には、鶴の血が混ざっている。
祖母が北海道に旅立たなかったのを知る人は、今はもう少なくなった。
祖母は養殖家の手で育てられた京都生まれの鶴である。
なるほど、だから私は色白なのか、と意味無く鏡を眺めた。
この世には、有象無象の衆がいる。
いまじゃあまりお目にかかれない、和の国独特の血筋である。