冷えた夏みかん

日々妄想、問答。

サライの事情

篠山商社に入社してから、まだ一ヶ月も立たない。
そのうち新人歓迎会と称した恥さらしの場があるとかで、私は胃が痛かった。
昔から、人前で踊ったり歌ったりするのが大嫌いなのだ。
中学の頃にあった創作ダンスは、振り付けを忘れたフリをして10分以上突っ立って顰蹙を買い、運動会では当日欠席した。

邪魔な椅子を片付けたり、車椅子の人を手助けしたりはできるくせ、皆と同じことができない。
しかし社会に出てみれば、案外そういうストレンジャーは私だけではなく、先輩やら後輩にも何人か反社会的なのがいる。私はそういった方々にかしずき、教えを請うことにした。

「新人の歓迎会でどうしても歌いたく無いんですけど、どうしたらいいですかぁ」

すると彼らはにやりと笑い、小声でヒソヒソ囁きあった。
「今年の走り役がきまったわね」

そして当日、私は自前のランニングウェアを着てスタンバイし、先輩の新山さんというおばさんからの連絡を待って、公園の近くの商店街の肉屋で待機、人数分のコロッケ3個1パック100円を購入してその時に備えた。

数十分もすると、公園の方から、風に乗って聞こえてきた。
サライが。

「サラバ〜うちゅ〜うの〜、サライ〜の空へ〜♩」
タリラリラーンとケータイが鳴り、新山さんから(波瀬ちゃん、今よ)と合図がきた。
私はコロッケの袋を大量に下げて走り出し、真っ直ぐ公園へ進入して自社の席へと赴いた。

このコロッケ屋さんは社長の長きに続いた不況の折に大変店主が親切だったとかで、社長にとっちゃ思い出の味なのだ。

新山さん率いる歓迎会の出し物楽に終わらせたい連合が歌う。
サライを。
社長はかっかっかと笑い、「今年もこう来たか〜」と部長だか課長だかの肩をバシバシ叩いていた。

はい、はい、とコロッケを配りながら、私はこの会社なら長く続けられそうな気がした。