冷えた夏みかん

日々妄想、問答。

赤反田松乃上を語るには

赤反田の言うことには、私は人が好く見えて、金でなんでも解決するいけ好かないやつだということである。

 

赤反田松乃上は、この坂巻家に使える老執事で、私の教育係だ。

 

幼い頃、近所の子に連れられて、駄菓子屋に行き、十円で買えるきなこ棒をいたく気に入り、後で箱買いして皆に配って歩いたら、幼馴染のアキちゃんを除いて皆から村八された。

泣いて赤反田に訴えたら、「贅沢が過ぎます!今日から毎日、お誕生日もきなこ棒をお食べなさい!」とお小遣いを取り上げられ、皆にあげた分も赤反田が一件一件頭を下げて回収し、以降三年間、私は毎日きなこ棒を食べることになった。

 

アキちゃんが付き合って食べてくれたが、なかなか減らない。

どうしてこんなに買ったのだろうと、私は非常に後悔し、以降村の駄菓子屋で十円だけ持って皆と同じものを買い、きなこ棒にはもう手が出ず、五円玉チョコを有難がって食べ、三十円の品は特別な日以外めったに買わなくなった。

 

七歳から十歳までの三年間、こうして赤単田の教育により私の金銭感覚はしっかりと確立され、私は食べ物で贅沢をすることなく育った。

 

赤反田がまた、手作りの物を持たせるので、食べ物にはめっぽう困らなかった。

アキちゃんと市松模様のクッキーを食べながら、今度赤反田に作り方を教えて欲しいとアキちゃんと話し、頼んだが赤反田は「それこそ買って食べなさい、いちいち散らかるでしょう」とにべもない。

アキちゃんと落胆しながら、算盤で計算してみたら確かに買うより作る方が何倍もお金が掛かるのだと分かり、確かに達人の赤反田に任せた方がお得であると二人で納得した。

 

アキちゃんと二人、着飾って屋敷の縁側で赤反田にお茶を淹れてもらう。

落ち葉の舞い散る中、お喋りしながら食べるクッキーやケーキは美味しくて、赤反田の淹れる緑茶は格別に美味しい。

赤反田はあの時間を大切にしていたのだと、思い起こす今日この頃だ。

 

赤反田は奥さんも子供もおらず、いつも厳粛に勉強や読書、掃除や家事などを行なっており、仕事は完璧だった。

献身の人。

母が赤反田をそう言い、いつも顔を最初に合わせると、必ず「おはようございます」と丁寧に頭を下げた。

おはようございます、と赤反田も慇懃に礼をした。

お嫁入りの際、母は赤反田にとてもお世話になったのだそう。

 

その昔、祖母の指輪が無くなり、母が盗ったと言い張る周りを見回してから、赤反田は「宜しゅうございますか?」と言って叔父の娘、梛子さんのポケットから指輪を取り出して見せ、「先ほど大奥様とご一緒にままごとをされていましたから」と三歳の梛子さんを抱き上げて周りに笑いかけた。

 

後にも先にも、赤反田が笑いかける相手は梛子さん只一人であった。

大事にならないように、赤反田が一番気を遣ってくれていた。母はそう話しては、赤反田に叱られてむくれている私を撫で、「赤反田さんだって、お前が可愛くて仕方ないのよ」と言い、その旨赤反田に聞いたら、「いいえ、私はお淑やかで賢い梛子様だけが可愛いのです。お嬢様は知恵を付けたと思ったら貧乏人のようになるし、使うときはとことん使う、お嬢様は阿保です」と言い捨てた。

 

赤反田は全体的に私の味方だけど、一番は梛子さん。

梛子さんは大人しくて、さりげなくおしゃれを嗜んでいて、いつも村の公民館で無料の映画を見ては座敷に座り、村人の婆様達とお菓子を食べてお話していらっしゃる。

 

梛子さん曰く、長者の知恵こそ大切なのであって、お年寄りこそ大切にすべきなのだそう。

梛子さんは赤反田が好きで、ひっそりと恋文を書いては私が焼き芋を焼いている時現れて、「これも燃やして下さいな」と言って恋文を火にくべてしまわれる。そうして焼き芋を食べる私にカメラを向けて、「あなたはゆったりしていて可愛い」と笑うのだ。

叔父から譲り受けたライカのカメラで、梛子さんはシャッターを切る。

彼女の部屋はアルバムでいっぱいだ。その中から赤反田のブロマイドが抜かれて枕の下に隠してあるのを、私は知っている。

 

父と叔父は義兄弟で、義兄として父はこの家を盛り立てるため、様々なところへ出かけ、いつも家を留守にしている。

 

たまに沖くんに車を引かれて帰ってきてはいきなり現れて「槙野、ほら焼き栗だよ」と一緒に胡座をかいて食べ出す力の抜けた人なので、よく「お嬢様、立ってお茶でも淹れて差し上げなさい!」と赤反田も困惑する神出鬼没さだ。

アキちゃんが慌てて帰ろうとすると「やあアキちゃん、アキちゃんか、大きくなったなぁ、ほらこれをあげよう。ここで食べて行きなさい」と父は私が口貧乏なのを知っているので、アキちゃんにばかりシュークリームや気合いの入ったお土産を買い、私には夕飯の時一緒にお酒を一口飲むだとか、タバコをちょっと吸わせたりしては遊んでいる。

 

「私、まきちゃんのお父様好きだわぁ」

 

アキちゃんがそう言って喜んでくれたのを思い出し、嬉しさで胸がいっぱいになった。

 

さて、ある日沖くんが車を分解して細部まで油を差し、磨き上げて手入れをしていた。

 

口笛吹きながら作業していた沖くんに、もし、と声をかけた人があり、はい、と沖くんが振り返り、赤反田さんのお家はこの辺りですかな?と聞くので、はぁ、どちらの赤反田さんですか?と聞いていると、ガチャガチャと音がし、はっと見やると車輪を片方盗まれていた。

 

重い車輪を、三人の子供が担いで走っていく。

 

「こ、こらー!」

 

沖くんは赤くなって追いかけたが、追いつけずに街角に彼らは消えた。

はぁはぁと肩を怒らせて戻った彼に、ハンカチを差し出しながら、まぁまぁとその老人は財布から三万取り出し、「とりあえずこれで、今のうちに誂えなさい」と言った。

 

質素だが福々と肥えた老人のマメに手入れされた爪や髪を見て、沖くんは松乃上さんのお仲間だと合点し、この屋敷に連れてきたという訳だ。

 

「どうにも五万、足りねぇんだよ」

 

沖くんがそう言って茶を飲みながら訴えるので、私は日頃から努力を絶やさない彼のため、箪笥から五万取り出してはいと渡した。

 

こういうやり取りは今までもあって、金に不自由しない私と仕事を愛する沖くんは、その都度マメに貸し借りを行なっている。

真面目な彼は必ず返してくれるし、私は贅沢に興味がない。

 

恩にきるぜ、と言って沖くんは早速車輪を誂えに車屋へ行った。

が、その先で梛子さんがいつも通り爺様達とお喋りしており、「まぁ沖さん、仕事熱心ですこと」と案外冷たい声を出した。

 

車屋には車輪を売りにきた子供達が項垂れて、梛子さんの取り巻きに灸を据えられ、正座していた。車輪には「御坂巻丈二郎」と祖父の名が刻まれていたらしい。

 

沖くんはひや〜っと血が引いたのだそうな。

 

その後私は梛子さんと梛子さんに連れられた沖くんから、「金輪際金の貸し借りはしない」と血判書を書かされた。

針で指を刺したら、痛かったこと。

「そういうお金の使い方、私嫌いよ」特に沖さんが嫌い、と梛子さんは沖くんを決して縁側にも座らせず、立って外でやりとりさせた。

私はこれが身分差、と痛感し、沖くんに友達として面目立たなかった。

 

その後沖くんと会っても前のように気軽に物を言えず、赤反田は何も言わず、ただ客の老人と沖くんの仕事ぶりを見学し、その都度客が褒めた。

客は楠西柳郎さんと言い、赤反田と学友らしく、二十八で立身出世して都会でカフェをされているとのことで、赤反田の顔を四十年ぶりに見にきたらしい。

 

「その後ひ孫まで生まれてね、店はそれなりにぼちぼち、まぁその日暮らしにやっているよ。まぁ彼の仕事ぶりには遠目で見ても心酔するものがあってね、槙野さんはあれだね、女性起業家なんか目指すといいんじゃないかい?素質があるよ」

 

楠西さんはそう言って、丸メガネを磨きながら私の剥いた柿を食べ、コーヒーを飲んだ。

「美味しいね、コーヒー豆はどこのを使っているの?」

「はい、駅前のカフェで、幼馴染が働いているんです、特別に買わせて頂いているんです」

そう私が早口に言うと、赤反田が「私ならもっと上手に普通の豆で淹れてみせますがね」とカチャンとチーズケーキを置きながら言った。

 

楠西さんはいやはや、やはり先見の明がある、とチーズケーキにフォークを刺しながら言い、「うーん、やはり松乃上の作る菓子は違う」と舌鼓を打った。

 

私の剥いた熟れた柿は無視され、赤反田が見つめてくるので、私は渋々柿を食べた。

 

私の分チーズケーキは出されなかった。

後で赤反田に文句を言ったら、

「当然です、あの方はお客様なのですから」

特に沖くんの件があってからは、貴女のお客になったのですよ、と手酷かった。

 

しかし後日いい具合に熟れたチーズケーキを、私は味わうことができた。

 

何故か二切れくれたので、茶を淹れて沖くんに持って行ったら、沖くんは車夫仲間と談笑中で、なんだか気まずい思いをした。

 

沖は相変わらずモテるな、という言葉は聞かなかったことにした。

美味い美味いと食べる沖くんはケロリと平らげ、「ありがとよお嬢様」となんだか嫌味たらしく、私はもう金輪際口を利くまいと思った。

 

場を辞した後、笑い声が上がって、沖くん死んでしまえと思った。

何故だか涙が一筋流れて、誰もいないので風に吹かせて乾かした。

 

次の日父が帰って来て、槙野ピクニックに行こうと言う。

私は赤反田が着いてくると思っていたら、「いや沖に荷物を持たせよう」と父が言い、無表情の私と沖くんは自動車の後ろに並んで座り、車は何故かアキちゃんの勤めるカフェの前に停まった。

 

父がアキちゃんを誘って来いと言う。

運転手が乗った四人乗りの車は、もうこれ以上乗れないのに。

私は不思議に思いながらも、アキちゃんピクニックに行こう、と暇そうにしていた彼女を誘うと、彼女はちょっと待って、と言って上等な着物に着替えて出て来た。

 

そして車を見て、ピタリと固まった。

沖くんが顔も上げないのを不思議に思いながら、「沖くんの隣に座りなよ、私は人力車で後から行くから」と声を掛けると、アキちゃんは「いいえ、今日はもう、いいわ」と言ってくるりと店に引き返し、バタンとドアを閉めた。

カーテンまで閉めてしまった彼女を見て、私ははて、と思い車に戻ると、沖くんと話していた父が顔を上げ、「今日はやはり、雨のようだ、見ろ、お日様が隠れて来た」と空を指差した。

 

晴れていた空が、俄かに曇ってきた。

私達は屋敷に取って返し、「弁当は、沖が食え。赤反田のお手製だ」と父が明るく、去ろうとした沖くんに声を掛けた。

沖くんは、ちょっと止まり、「いえ、お嬢様に全部あげます、きっと全部食べ切れるでしょう」といつもの軽口を叩き出したので、私はああよかったーと思いながら、「何よ、こんなに食べれるわけないでしょ、アキちゃんも呼んで、みんなで食べましょうよ」と、笑ってほら車出してよ、と沖くんをぐいぐい引っ張って行った。

後ろで父が笑っている。

 

店に着くと、アキちゃんはなんだかしょげていたが、私が「行きましょうよ」と手を引っ張ると、沖くんにちょっと顔を向け、そして急にワッと泣き出した。

「ごめんねまきちゃん」と言いながらアキちゃんはホールケーキを一つ取り出してマスターにお金を払い、すうっと深呼吸してから、「さぁ、行きましょう」といつものアキちゃんに戻った。

私は嬉しくなって、行こう行こう、と二人の手を引っ張った。

「危ない危ない!」とお弁当とケーキを持った沖くんとアキちゃんが声を上げた。

 

からんからんと、出てみれば空は晴れ。お日様が顔を出している。

私達は沖くんの引く車で、そのまま野へと繰り出し、三人でお弁当とケーキを食べた。

アキの作るケーキは美味しい、と沖くんがもりもりと食べた。

「そうよ、帰りも乗せてもらわなきゃなんだから」

私達は競っておかずとケーキを沖くんに食べさせた。

アキちゃんと沖くんはたっぷりと食べ、私はいつも通り、自分の食べられる配分だけ食べた。

 

そしてあんまりコスモスが綺麗なので、帰りはゆっくり歩いて行くわ、とぶらぶら歩き出し、アキちゃんは沖くんの引く車に乗って帰って行った。

 

車が街に消えて行く様が、あんまり絵になっていたので、私は「今度梛子さんにカメラを教わろう」と思いながら、秋晴れの空の下、アキちゃんに貰った手提げ袋をゆらゆら揺らしながら帰った。

 

帰ってきたら赤反田が五目ご飯を作っており、珍しく味見させてくれ、私は訳もなく泣きたい気持ちなのを隠しながら、「ありがとう赤反田」と五目ご飯を涙と一緒に飲み込んだ。

 

赤反田の言うことには、私は金でなんでも解決しようとする阿保なのだそう。

そしてお淑やかで賢くて赤反田が可愛いのは梛子さんだけ。

 

私はそうだその通りだ、と思い、お父様とお母様がいらっしゃるだけ私は幸せなのだと思った。

 

その後何年かしてから私はお嫁に出て、すぐに離婚して子供を連れて帰って来た。

その際先方が娘を渡せと騒いだので、私は梛子さんに知恵を賜り、ここぞとばかりに金を積んだ。

赤反田は梛子さんもお嫁に出ていなくなった今、可愛いのは娘の雛代だけだと言う。

私は梛子さんには一生の恩があるが梛子さんは返さなくていい、お金は大事にしなさいね、とこの前出会った時優雅に笑って仰られた。

 

父が亡くなった後、叔父が会社を引き継ぎ、私は働く必要もない日々を、赤反田の手を引いて過ごしている。

赤反田は仕事をすることを何もかも忘れて、私を自分の娘のように、槙野、槙野と呼んであれやこれや叱りつけ、またお前は私の誇りだよ、と褒めてくれる。

 

お母様は赤反田に、一生分の恩があると言って、綺麗な白い髪を雛代に結われながら優しく笑った。

 

私は赤反田の言うことには、一生逆らえないなぁとその年に沖くん夫妻から来た年賀状の写真を眺めながら思った。

 

アキちゃんと赤ちゃんの映る写真は、お年玉当選三等を取って、私はアキちゃんに貰ってばっかり、と思った。

 

私達はおせち料理を食べながら、赤反田の味には敵わないわね、と話し合った。