冷えた夏みかん

日々妄想、問答。

今はもう、昔の話

帰ってくると、それはいた。

当たり前のように炬燵に座り、パソコンでユーチューブを覗いていた。

「おかえり」


私はため息とともに答えた。

「ただいま」


そのおじさんは、出生は知れない。

ただ、祖父が大変お世話になったとかで、その縁で家にいるのだった。

恋愛面はない。ありえない。

ただいて、掃除をしたり、犬の散歩をしたり、ベランダで日向ぼっこをして、雀に餌をやるのを「こら」と怒ったりした。

きゅっと小さくなって、おじさんは叱られた。


私が夕飯を食べ終わって、祖母と母と話し終えて、さあ一人の時間だ、というときふと思い出して、「そうそう、うちにはおじさんがいるんだった」と小豆バーを二本持って上がるのを、母が「私もー」と言って引き留めた。

母に渡すと、「なんだ、おじさんも?」と言って母が嬉しそうに反応した。


私は「うん」と言って部屋に上がり、当然のように小部屋でパソコンをしているおじさんに渡すと、「お、気が利くー」と言っておじさんは小豆バーを食べた。

私はこうして彼氏も作らず、おじさんとただ親子のように過ごした。

あるときは父も混ざり、おじさんと何か仕事の話をぶつぶつとする横で、私はバガボンドなどを読んでいた。

祖母が「早よー出て行ってもらわんと」と話すのを、なんとなく家族で聞き流していた。


その内、おじさんはふらり、とベランダにある日でていき、あれ、と見ているとちゅんちゅん、と言って雀になって飛んで行ってしまった。

あるときは猫になって現れ、にゃーおと言ってまた元のおじさんに戻り、「ただいま」とさんまの袋を手にして笑った。


私達は、おじさんを厄介だと思ったことは無かった。

祖母もおじさんがある日犬になったのを見て、「まあ」と嘆息して膝に抱き、日向で一緒に寝ていた。

それから墓参りなど、おじさんが祖母についていくようになった。

色々とおじさんは助けてくれた。


飯を食べる時は、決まって祖母の好きな犬になった。

ある日、おじさんが病気した。

するとおじさんは、猫になってこれが見納め、と一人一人顔を舐め、止めるのも聞かずに窓からするりと出て行ってしまった。


あれから戻ることは無かった。


ある日おじさんに出会えたらいいのに。

私はおかしなOLが、意識の高すぎる故に負けず嫌いでコンビニまでついてきたのを「もしやおじさんと同類か」と微笑ましく思いなが上手く巻いてコンビニの外へ出ながら、猫や雀が飛び立つのを見た。


首にリードを撒かれたポメラニアンがこちらをじっと見て、「やあ」と言った気がして、私はそちらに寄っていって撫でるとぺろりと手を舐められた。


一人きり、炬燵に座って音楽を聴きながらテレビを点け、漫画を読んだりパソコンで文を書いて遊びながら、いつも見ていてくれたよなあと未だに考える。

父は寂しそう。母はそんなもんよと切り替え早い。祖母は自然のことのように受け止めている。

私は目下、検討中。


自分の感情が上手くわからないのだ。


ただおじさんは、そこら中にいるよね、と思う。


雨になったり、父の吐く煙になったり、鍋から薫る湯気になったり、いつでもそこにおじさんの姿が見える。

おじさんのことを書いてみて、よくわかった。


私はおじさんが、目には見えない超自然的な、家族を導く何かに思えて。


福の神、だったに違いない。


よきちゃんもう俺はこの家に必要ないよ、そんなおじさんの声が聞こえた気がして、八畳間を見渡した。

おじさんのために買った漫画やゲームが、時計が、仕事道具が雑多に置かれている。


やがて父もいなくなる。母もいなくなる。祖母ももちろんいなくなる。


でも安心をし、おじさんは、いつでも見守っているよ。みんな傍にいるよ。

そう家の呼吸というのか。

おじさんは、この家の人だったのだ。


目下そう思うことにしている。

齢27、女、独身の身にて。