冷えた夏みかん

日々妄想、問答。

チューリップを食べる人の話

彼女はとりあえず、この季節になると、チューリップの赤でも黄色でも、見つけてはむしゃむしゃと食べてしまった。

 

「恥ずかしいから、止めてよね」と言っても、「なんで?美味しいよ」と言って勧めてくる始末。一緒に歩く私は恥ずかしかった。

 

でもそういったことに無頓着というか、気にしない子もいて、中には面白がって「写メ撮らせてー」と言って喜んで写真を撮る人もいたから、彼女を恥ずかしがるという私のメタファーは若干弱かったのかもしれない。

 

彼女をどうすべきか、私は真剣に友人として悩んだ時期もあった。

彼女のこの癖は、幼いころから彼女の家庭が農園をしており、チューリップを食べるということが習慣づいていたという背景があるのだと、後で知って後悔した。

彼女の様な人も、いて良かったのだ。私は自分の視野が狭いことを恥じた。そして彼女に真剣に電話して、「今まで悪い友達でごめん、これからは私も一緒に食べるよ」というと、彼女は笑って「いやいや笑、無理しなくていーよ」とメールを送ってきた。

この場合引かれていたのは私だ。

彼女には専ら専門という名の建前があったのだし、私は平凡な人間で、彼女のそのプライドにもなりかけていたチューリップを食べる、という行為を大袈裟に受け止めるのはどうか、という問題に目下取り組んでいたつもりだったのだけど、彼女にとっては若干迷惑だったろう。

 

その後、私達は一旦別れた。

お互いに良い距離を置き、新しい人と友達や仲間になり、新しい人間関係を作って社会に馴染んでいった。

 

その後、飲み会で再開した彼女は普通の元気な今時の子、という感じになっており、「久しぶりー、綺麗になったよねー」とお互いに褒め合って、「あれからまだ、食べてんの」と聞けるくらいに気軽に慣れた。

 

「んー、ぼちぼちね」

 

彼女にも何らかの変化はあったらしい。

さては男だな、言ってみー、と私は酒の入ったグラスを持って、彼女のコイバナを聞くべくわき腹を肘で突いた。

 

やめろってー、と言いながらも、彼女は嬉しそうにこないだ出会ったばっかなんだけどさー、と男の話を始めた。

 

私たちの青春グラフィティも、いつかは忘れ去られて。