冷えた夏みかん

日々妄想、問答。

おっちゃんの写真

その日、私は病院に行って来ると母を見送った後、鍵もかけずに二階でモンゴル800のアルバムを聴きながら漫画を読み、犬を遊ばせてごろごろしていた。

 

すると、下で何やら「カチャリ」と音がし、私は「あれ、忘れ物かな?」と思い、「どしたーん?」と言いながら犬を連れて下りた。

 

するとそこには、ぽてっと肥えた若干可愛いと言えなくもないおじさんが一人。

私は「ぎょえー」と思い、おっさんは硬直していた。

 

次の瞬間、私は咄嗟に台所へ走り、プラスチックの切れが悪い包丁を手にして「動くんじゃねえ!こいつがどうなってもいいのか!」と犬を左手に抱いた。

犬はきゅーんと鳴いた。

 

おっさんはそれを見て、「ご、後生や、それだけはやめてくれ」と膝をついて哀願した。

「へい、そこで止まれ!両手を床に着いて這いつくばりやがれ、そうだそうだ、そうしていろよ」

私はスマホでぴぽぱと110番し、警察を呼んだ。

 

「あのですね、強盗、強盗がね!」

 

その後到着した警察は、私達を見て眉を顰め、やれやれお嬢さん、と言った。

「あんたは鬼か」

 

おっさんは、近所に住む犬友達だった。暇だったもので、ちょっと悪戯、にししと入ってきたらしい。

 

「あんたも身内じゃないんだから、若い子捕まえてそれはないでしょ」

この子相当怖かったんだよーと婦人警官に慰められながら、私はべそべそと鼻を鳴らしていた。

ごめんねごめんねと犬に謝る。

 

「ごめんなあ」

 

おっちゃんは心から謝ってくれた。私は「冷静な判断ができなくてすみません」と警察におっちゃん共々謝り、以来おっちゃんとは仲良くしている。

「人間一人であんまり暇しちゃだめだよね」

私達はそう言って、ドトールで買ったマイルドブレンドのコーヒーを飲みながら音楽を聴いて過ごした。

おっちゃんがある日ギターを抱えて来たり、たまに釣りに着いてったりする。

そんな仲良しな私たちを見て、周りは言う。

 

「暇人どうし、よろしいねえ」と。

 

おっちゃんが「儂の葬式の写真この子と撮りたいねん」と言って、街の古い写真館に一緒に行き、私達は様々な写真を撮ってもらった。

私はワンピースを着て、おっちゃんは蝶ネクタイのスーツを着てめかしこんでいた。

真ん中に、おっちゃんと同じリボンを首に着けた犬。

 

「撮りますよー、笑ってー」

 

カメラマンさんが笑ってそう言い、私とおっちゃんはにっと笑った。

犬がそっぽを向いたので、撮り直しとなった。

 

あれからどれくらい経ったろうか。

私はおっちゃんの家を知らなかったので、葬式には出られなかった。

でもある日自転車で買い物に出かけたら、とある古民家で写真展が開かれており、中に入ると「仲良しの風景」というテーマであちこちから写真家が競い合い、写真を壁に展示しているのであった。

 

「あ」

 

おっちゃんと犬、おっちゃんと私、おっちゃんと私と犬。

こうしておっちゃんは、みんなの記憶に永遠となった。

私は「ふーん」と言いながら、それらを眺めて歩いた。