冷えた夏みかん

日々妄想、問答。

十和子さんの暇つぶし

十和子さんは、42歳の独身女性だ。

小さいころ、その綺麗な体型を買われて、バレエ教室など通ったが、やる気がないのですぐ辞めた。
でも、先生とは仲良くなって、たまに教室を覗いては、軽く踊って遊んだりした。
その内先生の内のボス先生に見とがめられて、縁が切れた。
でも、今でもお茶を飲んだりしている。

十和子さんは、比較的お気楽で、細い体に、つんと高い鼻をして、くりくりにパーマをかけた短い髪で首に黄色いスカーフを巻き、赤いロングスカートにブーツを履いている。

お前には、苦労はさせないよ。

そうお父さんが言って、十和子さんはついに働いたことがない。
だからか結婚とも縁遠くて、かといって気後れしているわけでもなく。

今日も鏡の前でピルエットをしながら、十和子さんは「落ち葉の舞う道の上で、三毛猫を撫でたい」と思った。

早速、出かけていく。
いたのは黒猫だったけど、これで十分。十和子さんは猫を膝に乗せて、出勤する人たちを眺めながら、秋の朝日が昇るのを見つめた。

その後、喫茶店でお茶。
雑誌を読むのでなく、新聞をめくりながら、向かいに座ったご老人と将棋を指している。
ここは和風な、全然洒落てないというか、おじさん達が好んでくるような庶民性のあるところだ。
玄関だって、がらがら引き戸。メニューは主にうどん。

「最近の政治は、よくわかんないわ」

十和子さんがそう言うと、ご老人は「自民党なら誰でもいいんだよ」と、はい、王手、と将棋を指した。
「これで海老天一つね」
あーっと十和子さん。もう一回、と勝負を申し込む。

駅前に来た十和子さん。暇なので、頭を洗ってもらうことにする。
からんからん、と美容室のドアを開けると、お姉さんが「だから十和子さん、頭洗うだけなら、980円のところの方が安いよって教えてあげてるのに」と言って、一名様、ごあんなーい、と奥に向かって声をかけた。
「だって、淳ちゃんの洗い具合がちょうどいいんだもの」
そう言って、十和子さんは椅子に座った。淳ちゃんは、えらの張った四角顔のお嬢さん。誰よりもお洒落さんだ。
「はーい、終わり」

気持ちよかったー。そう言って十和子さんは700円を払った。

十和子さん、ペットショップに現る。
トイプードルを撫でながら、「この子、いつ値下がりするの?」と店長に尋ねる。
「さてねえ、プードルは人気だから。この子もすぐ買い手がつくよ」

ちぇーっと十和子さん。生き物を軽い気持ちで買っちゃだめだよ、と店長に言われて、「じゃあ、メダカの餌ちょうだい」とメダカの餌を買って帰った。

十和子さんの家には、チワワが一匹と、メダカが5匹いる。
十和子さんは生き物の世話をするのが好きだ。今朝もメダカに餌を忘れずあげて、それからお母さんが貰ってきた胡蝶蘭に水をやり、犬にも忘れず餌をあげた。
「寝てばっかりなのよね」
チワワへの感想。十和子さんは遊びたいのに、チワワはぐーすか寝てばかりだ。

夜。
十和子さん、猫屋敷の前に来た。
ちょちょちょ、と舌を鳴らし、中のお婆さんに気づかれないよう、猫に餌をやった。
「誰だい」
明かりがついて、十和子さんは逃げた。
闇の中、たったかたったか走っていく。
商店街の防犯カメラにその走る姿は映り込み、「どうしましたかー!」とお巡りさんが自転車で追いかけてきた。
「いえ、あの、走りたいんです!」
十和子さんはそう言って、どこへともなく走り去った。
お巡りさんは、はあ?とその後姿を見て、首を捻った。

こうして十和子伝説は増えていく。

ある日の十和子さん、ボランティア団体に出会った。
なんとかちゃんを救うため、募金活動、お願いしまーす!
そう叫んでいるのを見て、十和子さん、500円玉を箱に入れた。
「ありがとうございます!」
女の人が汗水たらして、輝いた笑顔でそう言うのを見て、十和子さん、「熱中できるものがあるって、良いわね」と思った。
「頑張って」と声をかけ、その場を去る。

夜、居酒屋に入ると、なんと昼間のボランティア団体。
かんぱーいと酒を飲み騒いでいる。
十和子さん、腹が立って、気づかれないように、昼間見た女の人のビールに胡椒をドバーッと入れた。
さっと席へ戻る。
トイレから戻ったその人が、「こんな良い商売ねえよなぁ」と笑ってビールを煽り、途端げぼーっと吐き出したのを見て、十和子さん、うくくと笑って店を出た。
大将が「またのご来店お待ちしてまーす」と、珍しく声をかけた。

十和子さんは、ときどき正義の味方。

今日も世の中、どこ吹く風、と十和子さん、気の向くままに歩いていく。
あ、とサラリーマンと肩がぶつかり、ときどきときめく出会いもあるが、十和子さんは捕まらない。
平気です、と答えて、すたすたと歩み去る。

「なんて綺麗な人なんだ」

サラリーマンが、ぽーっとして呟いた。
十和子さん、ずんずんと、世間を欺き歩いていく。

ずんずん、ずんずん、どこまでも。
十和子さんの暇つぶし。